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名古屋高等裁判所 昭和28年(ネ)275号 判決

控訴人 原告 鈴木保富

被控訴人 被告 磯部大東 山本晃一郎

主文

被控訴人山本晃一郎に対する本件控訴を棄却する。

原判決中被控訴人磯部大東に関する部分を左の如く変更する。

被控訴人磯部大東は控訴人に対し昭和二十六年四月一日以降同年九月末日迄一ケ月金千円の割合による金員、昭和二十六年十月一日以降昭和二十七年三月末日迄一ケ月金千三百二十五円の割合による金員、昭和二十七年四月一日以降同年十一月末日迄一ケ月金千三百二十二円、昭和二十七年十二月一日以降昭和二十八年三月末日迄一ケ月金二千四百六十五円、昭和二十八年四月一日以降昭和二十九年四月末日迄一ケ月金二千四百七十四円の割合による金員を支払え。

控訴人の被控訴人磯部大東に対する其の余の請求を棄却する。

被控訴人山本晃一郎に関する控訴費用及被控訴人磯部大東に関する第一、二審の訴訟費用は全部控訴人の負担とする。

主文第三項は仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、被控訴人磯部大東は控訴人に対し別紙目録記載の家屋を明渡せ、被控訴人山本晃一郎は別紙目録記載の家屋の中二階(但其の表側西南隅の四畳半の一部屋を除く)を明渡せ、被控訴人磯部大東は控訴人に対し昭和二十六年四月一日以降昭和二十八年三月末日迄主文第三項掲記と同額の金員及昭和二十八年四月一日以降右家屋明渡済迄一ケ月金二千四百七十四円の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、第二審共被控訴人等の負担とする判決並仮執行の宣言を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は左記の外原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。

控訴代理人の陳述、

一、本件家屋の敷地の広さは五十坪で其の昭和二十五年の賃貸価格は一坪当り金二円、其の固定資産税の課税標準価格は一坪当り昭和二十六年度千百七十円計五万八千五百円、昭和二十七年度一坪当り金千百四十四円計五万七千二百円、昭和二十八年度一坪当り千二百一円計六万五十円、家屋の昭和二十五年度の賃貸価格は金二百七十一円八十銭、家屋の固定資産税の課税標準価格は昭和二十六年以降昭和二十八年度迄一率に金三十二万六千百六十円であつて、之を基準として昭和二十六年四月一日以降の地代家賃統制令の定める家賃相当額を計算すると昭和二十六年四月一日以降同年九月末日迄の家賃は昭和二十五年八月十五日物価庁告示第四七七号によれば一ケ月金千円昭和二十六年九月二十五日物価庁告示第一八〇号(改正昭和二十七年四月七日経済安定本部告示第一号)によれば昭和二十六年十月一日以降昭和二十七年三月末日迄一ケ月金千三百二十五円、昭和二十七年四月一日以降同年十一月末日迄一ケ月金千三百二十二円、昭和二十七年十二月四日建設省告示第一四一八号(改正昭和二十八年四月五日建設省告示第四四四号)によれば昭和二十七年十二月一日以降昭和二十八年三月末日迄一ケ月金二千四百六十五円、昭和二十八年四月一日以降は一ケ月金二千四百七十四円となるから被控訴人等が本件家屋を占有する為めに昭和二十六年四月一日以降前記家賃相当額の損害(但昭和二十六年四月一日以降同月十八日契約解除迄の分は損害金ではなく契約家賃)を被つている次第であるから控訴の趣旨記載の金員の支払を求める。

二、訴外久米鋤夫が初めて土地を買入れたのは昭和二十六年四月二十日である(登記簿上は同月九日に買つたように記載せられているが実際に買受けたのは同月二十日である)、従つて同人が本件家屋の階下店の間八畳を借受けて入住した昭和二十六年三月頃には未だ同人の移転先は決つていなかつた、又控訴人が被控訴人磯部に対し賃貸借契約解除の意思表示をしたのは昭和二十六年四月十七日であるから前記の土地買入れはそれより後のことである。

久米鋤夫が移転先の建築に着手したのは昭和二十七年七月七日建築許可の申請をした後であり其の建築を完了したのは昭和二十七年十月六日であつて、同人が移転先へ移住したのは其の後暫らくたつてからのことである。右事実によれば久米鋤夫は本件家屋の一部の転借当時は移転先を建築する考はなく十九ケ月の間転借していたのであつて移転先の建築中一時転借をしたものではない。

三、被控訴人等は控訴人が本件家屋の附近にあつた家屋の居住者に明渡を求めて其の家屋を他に売却した事実について本件と同一事由を主張して明渡させ之を他に転売したものだと言つて本件賃貸借契約解約の申入れについて何等正当の理由がないものであると抗争するが前記明渡させた家屋の賃貸借契約解約の理由は無断転貸を理由とする外に妻及養母の長期に亘る病気の治療費、看病費が嵩み負債が生じたので其の負債返済の為めに前記家屋を処分する必要に迫られ而も借家人が這入つていては高く売れないので其の家屋を明渡してもらうように昭和二十五年五月十五日名古屋簡易裁判所に調停の申立を為し其の調停が成立したので明渡を待つて其の家屋を他に売却したのであつて本件の請求原因とは多少事情が異る、控訴人は名古屋へ転住し名古屋の学校へ勤務し幾分でも多くの収入をはからなければ老病母の生存する限り再び負債を生ずることは火を睹るより明かである、若し本件家屋の明渡を受けないで何時迄も蒲郡に居住しなければならないものとすれば負債が生じても自ら居住する蒲郡の家屋を売ることはできないから勢い本件家屋を売つて負債を返済しなければならないが被控訴人等が居住していては高価に売却することができないので矢張り被控訴人等に対して解約の申入れをして本件家屋の明渡を求めなければならぬことになる、そして前記の如く負債返済の必要上家屋を売る為めに解約の申入れをすることは正当理由と認めらるべきものであるから本件解約の申入れは控訴人が負債に苦しむことから逃れる唯一の途であつて正当な理由があるものと謂うべきである。

証拠として控訴代理人は甲第一号証、同第二、三号証ノ各一、二、同第四、五、六号証を提出し原審における証人桜井融豈、鈴木ひでの各証言、検証の結果、控訴本人訊問の結果、当審における証人久米鋤夫の証言、控訴本人訊問の結果を援用し乙第一、二号証の成立を認め、被控訴代理人は乙第一、二号証を提出し原審における証人横田卯吉、久米さわ、杉本佐多雄、磯部喜代、山本綾子の各証言、検証の結果、被控訴本人磯部大東、山本晃一郎訊問の結果、当審における被控訴本人磯部大東の訊問の結果を援用し甲第一号証中郵便局日附印の成立を認め其の他の部分の成立は不知、其の他の甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

控訴人先代が終戦後被控訴人磯部に本件家屋を一ケ月二十円の家賃で期間の定なく賃貸し、爾来同被控訴人が本件家屋に居住してきたが昭和二十一年三月十日控訴人先代死亡と同時に控訴人が其の家督を相続し、右賃貸契約上の一切の権利義務を承継した事実、被控訴人山本が本件家屋二階の中表側西南角四畳半の部屋を除く残余全部を占有使用している事実、訴外久米鋤夫が本件家屋階下店の間に居住していた事実、昭和二十六年四月十七日控訴人が被控訴人磯部の右山本及久米に対する無断転貸を理由とする賃貸借契約解除の意思表示を為し右は翌十八日被控訴人磯部に到達したことは被控訴人等の認めるところである、そこで右解除の意思表示が有効であるかどうかを考えてみるに原審証人横田卯吉、磯部喜代、山本綾子の各証言、原審における被控訴本人山本晃一郎、原審及当番における被控訴本人磯部大東の各訊問の結果を綜合すれば、被控訴人磯部は昭和二十年十一月二十八日控訴人先代から本件家屋を賃借して居住し其の半ケ月位後に被控訴人山本に二階の前記の部分を転貸して居住せしめたのであるが右転貸するについては被控訴人磯部は当時の家主たる控訴人先代喜助の承諾を得ていたことを認めることができる、甲第一号証原審証人桜井融豈、鈴木ひでの各証言、原審及当審における控訴本人訊問の結果は右認定を覆すに足りない、従つて被控訴人山本に無断転貸をしたことを理由とする賃貸借契約解除は理由がない、次に訴外久米鋤夫に本件家屋の一部を使用せしめたことについては原審証人横田卯吉、磯部喜代、山本綾子、久米さわの各証言、当審証人久米鋤夫の証言、原審及当審における被控訴本人磯部大東の訊問の結果を綜合すれば久米鋤夫はもと本件家屋の隣家に居住していたところ家主から家屋明渡請求の調停の申立があつて同人は家を新築して之に移転する計画を立て明渡の調停が成立したが明渡の期限が迫つても移転先の家の新築が間に合わずさればといつて明渡の期限は守らなければならず困つていたので被控訴人磯部は之に同情し附近町民の口添えもあり且久米は本件家屋の裏に移転先の家を新築する準備計画をもつていて其の家の出来上る迄の短期間被控訴人磯部方に居住させて貰い度い旨懇願したので被控訴人磯部は暫時の使用に過ぎないことが明かであつたので控訴人には断らないで昭和二十六年三月十二日本件家屋階下店の間(八畳)と二階表側西南角四畳半との使用を無償で許して一時之に居住せしめたことを認め得る、そして控訴人は右久米が居住していることを発見するや昭和二十六年四月十七日前記の如き無断転貸を理由とする賃貸借契約解除の意思表示をしているのであるが被控訴人磯部が前記の如く右久米を居住せしめたことは使用貸借であり右の如き状況の下においては家主に話せば容易に其の承諾を得たであろうのに家主の事前の承諾を得なかつたことは手落ちであるけれども原審検証の結果によれば本件家屋は階下三部屋階上五部屋であつて右久米が借用した部分は其の階下の一部屋及階上の一部屋に過ぎず且借家することが容易でない事情の下においては家屋明渡の期限に迫られていて移転先の家屋建築の準備計画の明かな隣人に対し其の建築が完了する迄暫時家屋の一少部分に無償で居住を許す程度のことは人情の上から見て已むを得ないことで賃借人としての誠実義務を欠き賃貸借の継続に適しない背信的な行為と認め難いから斯の如き場合は家主は民法第六百十二条による賃貸借契約の解除権を有しないものと解するのを相当とする、尤も成立に争なき甲第六号証によれば右久米が家屋新築の為め本件家屋の近隣に買求めた宅地について其の所有権移転登記を経由したのは前記契約解除の通知の後なる同年四月二十日であること、成立に争なき甲第五号証によれば右久米が建築確認申請をしたのは昭和二十七年七月七日、建築着工届をしたのは同年七月十五日、建築完了届をしたのは同年十月六日であること、当審証人久米鋤夫の証言によれば右久米が被控訴人磯部方を出て移転先の新築家屋に引移つたのは同年十月中であつたことが認められ結局久米は被控訴人磯部方に一年八月同居していたのであるが、原審証人久米さわの証言、当審証人久米鋤夫の証言及前記甲第六号証中所有権移転の登記原因、抵当権設定登記の記載によれば久米が宅地を買求めたのは被控訴人磯部方に入住した昭和二十六年三月十二日より少し後なる同年四月九日であるけれども土地の購入には相当の準備交渉等が為されるのが普通であるから入住当時右土地を買受け得ることは確実な状態になつていたものと認むべく、且控訴人が契約解除の意思表示をした昭和二十六年四月十七日以後に買受けたものでもなく、又建築に関する届出は別として実際に建前をして建築を始めたのは昭和二十六年暮であつて右家屋新築については住宅金融公庫から金員を借用したことが認められ、従つて被控訴人磯部方に入住する前に相当な準備計画をしていたものと認むべきであつて、被控訴人磯部が間もなく新家屋が出来る迄の暫時の同居に過ぎないものと思つて右久米を入住せしめたのは無理はない、然らば久米に対する無断転貸を理由として本件家屋の賃貸借契約を解除するのは理由がない、そこで本件家屋の賃貸借の解約の申入をするにつき正当な理由があるかどうかを考えるに成立に争なき甲第四号証、乙第一号証、原審証人鈴木ひで、磯部喜代、山本綾子の各証言、検証の結果、原審及当審における控訴本人訊問の結果、原審における各被控訴本人、当審における被控訴本人磯部大東の訊問の結果によれば控訴人は愛知県宝飯郡塩津村塩津小学校に奉職し控訴人が現住している蒲郡町所在の家屋は控訴人の所有で同居するものは控訴人に養母(但し昭和二十九年二月死亡)、妻(但し昭和二十八年二月死亡)、長男、家政婦であること、被控訴人磯部は其の妻と子供三人の五人暮しで本件家屋の階下に居住し被控訴人山本は其の妻と子供三人の五人暮しでその階上に居住していること、控訴人は月収一万二千円程度で養母及妻の療養費に多大の支出を要し昭和二十五年中名古屋市所在の貸家について明渡の調停申立(高価に売却する必要上)を為し其の明渡を得て之を売却して右療養費を支弁したが尚名古屋市内に本件家屋の外に二軒の貸家を所有すること、控訴人は自己の出身校が名古屋師範学校であつて戦時中疎開の為めに蒲郡町に居住するに至つたのであるが多年住みなれた名古屋市へ帰えることを望み又勤務地手当、昇給の期待等の事情から名古屋市内の学校への転任を希望していること、被控訴人磯部は名古屋市内中山製作所に勤めているが神経痛と喘息との持病があつて軽作業しか出来ないので其の妻の華道、茶道の教授の収入を以て一家の生計を補い他に宅地家屋を所有せず本件家屋を明渡せば直に行先に困る状態であり、控訴人山本晃一郎も楽器の卸売商を営んでいるが他に宅地家屋を所有せず本件家屋を明渡せば直に行先に困る状況を認め得る、以上の如く両者の立場を比較するに控訴人は住所地の蒲郡町に所有する家屋に居住し地元の学校に勤務して相当の収入を得ているのであるから、既に名古屋市の学校に転任になつたが為めに通勤の便宜上名古屋市に居住する必要があり其の為めに同市内に所有する家屋の明渡を求めるのであれば右の事情は大いに考慮を要するところであるが未だ名古屋市内の学校に転任になつたのでもなく又近く転任することが確実であることを認むべきものもない以上本件家屋の解約申入を為すべき正当な事由ありと認め難い、又物価の関係から蒲郡町より名古屋市の居住の方が生活費が少くて楽になるとの点も首肯し難い、尚控訴人は負債其の他生活費の重圧から免れるべく本件家屋を高価に売却する為めにも之が明渡を求める必要があると主張するけれども前記の証拠によれば既に其の所有する家屋の内一棟を明渡させた上之を売却して療養費等は支弁したのであり更に尚本件家屋をも借家人に明渡させて迄高価に売却する必要ある程に控訴人方が負債超過其の他生活上困窮の状況に在りとは認め難い、以上の如く正当な事由を認め難いから控訴人の解約申入は理由がない、従つて控訴人が被控訴人等に本件家屋の明渡を求めるのは失当であるから之を棄却すべきであり此の部分については原判決は正当である、次に被控訴人磯部は以上の如く解除、解約が理由なきものである以上賃料相当の損害金を支払うべき義務はないが同被控訴人は昭和二十六年四月一日以降の賃料を支払つていないから之を支払うべき義務がある、そして昭和二十六年四月当時の本件家屋の賃料は毎月千円なることは同被控訴人の認めるところであり成立に争なき甲第二号証ノ一、二によりて認め得る本件家屋及其の敷地の課税評価額等並昭和二十五年八月十五日物価庁告示第四七七号、昭和二十六年九月二十五日同庁告示第一八〇号(改正昭和二十七年四月七日経済安定本部告示第一号)、昭和二十七年十二月四日建設省告示第一四一八号(改正昭和二十八年四月五日建設省告示第四四四号)によれば本件家屋の地代家賃統制令による賃料は控訴人主張通りの金額であることが認められるから被控訴人磯部は本件口頭弁論終結の昭和二十九年五月二十四日迄に弁済期の到来した賃料即ち昭和二十六年四月一日以降昭和二十九年四月末日迄主文第三項掲記の如き金員を支払うべき義務があり控訴人の賃料請求は右の限度において認容すべく其の余は理由がないから棄却すべきである(控訴人は賃貸借の解除、解約が理由があれば昭和二十六年四月十九日以降の分は賃料相当の損害金として支払を求め右解約が理由なきときは賃料の支払を求むる趣旨である)、そして原判決は昭和二十六年四月一日以降同年十月十八日迄の賃料のみを認容したのに過ぎないから前記の如く変更せらるべきである。

仍て民事訴訟法第九十六条、第九十二条、第百九十六条に従い主文の如く判決する。

(裁判長裁判官 中島奨 裁判官 石谷三郎 裁判官 県宏)

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